1979年に、シュガー・ヒル・ギャング(Sugar Hill Gang)のラッパーズ・ディライトが、ヒップホップ界に衝撃を与えた。

1970年中頃から後半にかけて、貧困な黒人の若者達は、公園に集まっては、DJが回すレコードの中で、ダンスやラップ、グラフティー・アートを楽しんでいた。

ヒップホップ文化が猛スピードで発展していたさなかに、79年、驚くことに、ストリートでは無名のラップ・グループが突然レコードをリリースした。

ヒップホップ(HIP HOP)最初の曲

ブロンクス出身ではなく、ニュージャージー出身である3人組の彼らは、シュガー・ヒル・ギャングというグループ名だ。

リリースした曲名は”ラッパーズ・ディライト”という。

ブロンクスのB-BOY達は、「こいつら何もんだ!」と思っただろう。

“ラッパーズ・ディライト”は世間に浸透していき、なんと、ポップ・チャートで36位まで上り詰め、世の中に、初めてヒップホップの存在を知らしめた。↓

一般世間では、この曲が、ヒップホップで最初の曲として、知られている。

実は、ラップの曲が始めてリリースされたのは、ファットバック・バンドが、スプリング・レコードからリリースした、”King Tim Ⅲ”だ。

しかし、この曲はあまり知られていない。

この曲はかっこ悪いわけではく、ファンク色が強く渋い曲だ。↓

The Best Of / Sugarhill Gang(シュガー・ヒル・ギャング)

シュガー・ヒル・ギャングは79年から80年代まで約10曲をリリースしていく。

彼らはラッパーズ・ディライトだけでは終わらず、7thワンダーの”Do It With Your Body”のトラックを使った”8th Wonder”や、ヒップホップ元祖のクール・ハークのテーマ曲でもある、インクレディブル・ボンゴ・バンドのトラックを使った”Apache”などの大ヒット曲を生んだ。

8th Wonder↓

Apache↓

シュガーヒル・ギャング(Sugar Hill Gang)とは?

私は初めのころ、シュガー・ヒル・ギャングは、グループ名からしてギャングかと思っていた。
だが、彼らは、ストリートでヒップホップをやってきたグループではない。

1977年に、あの有名な映画「サタデイ・ナイト・ヒィーバー」が上映され、ディスコは最高に盛り上がっていた。

だがそんなブームは長くは続かず、79年頃に終わりがちかずいたころ、音楽業界人は次にブレイクしそうな音楽を探していた。

そんななか、一人の音楽業界人であり、R&Bシンガーでもあり企業家でもあるシルビア・ロビンソンが、息子(ジョー・ロビンソン)の影響を受け、これからブレイクしそうなラップに目をつけた。

彼女は早速、ブロンクスのクラブにラッパーをスカウトしに出向いていくのである。

サタデイ・ナイト・フィーバー/DVD

ディスコブームを大フィーバーさせた映画。ジョントラ・ボルタのダンスが最高だ。

今でもクラブでよくかかる曲が満載なので、見る価値が大いにある。

そして、クラブのパーティーで終わりごろにかかるダンス・クラッシックが、楽しく聴けるようになるだろう。

シルビア・ロビンソンは、クラブでビック・バンク・ハンクという男に出会った。

この男は、コールド・クラッシュ・ブラザーズ(ブロンクスのB-BOY)のマネージャーをしており、それと平行して、クラブの警備員をしていた。

仕事先のあるクラブで、コールド・クラッシュ・ブラザーズのラップを披露していたところを、シルビア・ロビンソンに気に入られ、「レコードを出す気はないか」と誘われた。

そこで、ビックバンク・ハンクは、その話をコールド・クラッシュ・ブラザーズのメンバーに一応は話をしたが、自分の友達2人を誘って3人組のグループを結成した。

それが、シュガー・ヒル・ギャングなのだ。

コールド・クラッシュのライム(歌詞)を、ディスコの最後のヒット曲といわれているシックの”Good Times”のトラック(カラオケバージョンみたいなもの)に載せて、”ラッパーズ・ディライトは完成した。

(後にシルビア・ロビンソンは、シックにトラックを無断使用したとして訴えられた。)

The Very Best of Chic / CHIC(シック)

このアルバムの4曲目「Goot Times」を聴けば、ラッパーズ・ディライトがヒットする理由がわかる。ベターだが、DJ時代に”Goot Times”と”ラッパーズ・ディライトをつないでた。

フレッシュ・フライ・ワイルド& / コールド・クラッシュ・ブラザーズ

映画”ワイルド・スタイルに出演していたコールド・クラッシュ・ブラザーズのCDアルバム。

映画を見た人なら、聴きたくなるだろう。

しかも、彼らの曲は、CDやレコードがないので、なかなか聴くことができない。

起業家であるシルビア・ロビンソンは、ラップをリリースするために、シュガー・ヒル・レコードというレーベルを設立した。

ヒップホップにおいてレーベルは重要だ。 歴史を物語っており、ヒップ・ホップは、レーベル無しには語れない。シュガー・ヒル・レコードは、ヒップホップで最初のレーベルといってもいいだろう。

シュガー・ヒル・ギャングを世間に送り込んだでけではなく、シークエンスという、ヒップホップで最初の女性アーティストをも、送り込んでいく。

82年頃には、エンジョイ・レコードからのアーティストの移籍が多く、グランド・マスター・フラッシュ&フィリアス・ファイブを始め、数多くのアーティストを獲得していくのである。

そして、この先、約6年間に渡り、数多くのヒット曲を生み出していった。

The Best of the Sequence / Sequence(シークエンス)

ヒップホップ最初の女性アーティスト。シークエンスを知っているB・BOYは、かなりのオールド・スクール・マニアではなかろうか。

2曲目の”Funk You Up”が彼女達のヒット曲だ。その他にも、1曲目にスプーニー・ジーとの曲”Monster Jam”も入っている。

何年間にもわたって、ヒップホップ文化を発展させてきたブロンクスのB-BOY達は、無名のシュガー・ヒル・ギャングのことを、皮肉に思っただろう。

しかし、ヒップホップ文化が世間に知らされたという事実で、ストリートで有名だったアフリカ・バンバータやグランド・マスター・フラッシュなどは、本場の実力を見せ付けるチャンスが到来した。

そして、この先、大ヒット曲を、次々と生み出していくこととなる。

このことから、ラッパーズ・ディライトは、ヒップホップ文化において、重要な役割を果たしたといえるだろう。(クール・ハークは特には目立つ行動をしなかった。)

Rapper’s Delights / SugarHill Gang

私がDJを始めたばかりのころ、曲を全然知らなかったので、ジャケットがかっこいいレコードばかりを買っていた(ジャケ買い)。

癖がついたのか、それは今でも変わらない。

シュガー・ヒル・ギャングは、Bestが何枚もリリースされているが、このジャケットが一番オールド・スクールでかっこいいかもしれない。

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カーティス・ブロウ(Kurtis Blow)の登場

1979年に、シュガー・ヒル・ギャングが”ラッパーズ・ディライト”で成功を収めた。

次の成功は、ブロンクスでヒップホップを発展させてきたアフリカ・バンバータやグランド・マスター・フラッシュだと想像をしてしまう・・・